パーソナルブランドとか言う前に

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数年前から「パーソナルブランド」とか「自分ブランディング」なんて言葉を目にします。言葉の定義はさておき、それをお題目にした書籍も数多く出版されています。

企業体に属する人であっても個人で仕事をする人であってもそれを持ってるかどうかは大事なことだと思うわけですが、それらを読んでどうこうしようとする以前に読んでおいた方がいいの(というか気づくべきこと)があるのではないかと(謎)。

言葉を書いたとき、言葉を発したときに、それが他者にどのように受けとめられるかということを確認する鏡が、機能していないのではないだろうか。
(中略)
公人による問題発言の数々も驚きとしかいえない。自分の発言がどのように人々に受け取られるか、自分の立場と、それが世間に与える影響をなぜ事前に鏡で確認しないのだろうか。

「化粧する脳」茂木健一郎著(集英社新書)

ブログやmixiの記事をはじめ、Twitterなんかでのつぶやきにしてもあまりにも無頓着ではないかなぁと。思ってること、言いたいこと書きたいことを書くのはそれは自由ですからどうでもいいんですけどね(読みたくなければ読まなきゃいいんです 笑)。もちろん、それを目にした第三者がどういう反応をするかわかったうえで意図的に書いたりする人もいるでしょう。

しかし、その人のこと(実体)を知らなければ、そこに表される文字だけをたよりにその奥にある真意を読み取らなければなりませんし、本質を見抜くなんて結構難しいものです(知らなくても何を意図してるのか伝えられる人はいますけど、そこは伝える力というか文章力なんでしょうか)。

それは言葉遣いのひとつにしてもそう。実際はそうではなくても「あ、こういう人なんだな」という余計なフィルターが被さってしまう危険性もあります。

政治家なんか良い例で、いつもはお役人さんが用意してくれる原稿を読み上げてるだけだから、それがないパーティやインタビューなんかでは失言のオンパレード。なーんも考えてないってことでしょうね(謎)。

ここでは言葉だけを主に取り出してみましたが、決してそれだけではなく日頃の生活の中でのいろんな場面においてもいえるはずです。例えば、レジ待ちしてるときの前の人のやりとりや立ち振る舞いだったり、レストランなんかでの注文の仕方だったり。「他人なんかどうでもいい」と言いつつも、他人からは一瞬でいろんな部分を見られて何かしらのラベルを貼られていることでしょう(謎)。

世界の多くの文化において、男性には「化粧をする」という習慣がない。だからこそ「化粧をする」ということが、人間の「自我」に対して重要な影響を与えるという事実に気づかずにきたのだろう。人間にとって大切なのは「実質」であり、見かけを取り繕っても仕方がないという考え方には、たしかに一理ある。
しかし、実際には、人は他者とのかかわりの中で生きている。
(中略)
化粧をする人もしない人も、自分が一人では生きてはいけない存在であるという命題をもう一度噛みしめてみるべき時期が来ているのではないか。

「化粧する脳」茂木健一郎著(集英社新書)

「パーソナルブランド」とか言う前に一度自分自身を見つめ直す、周りからどう見られているかを意識することが必要じゃないんでしょうかねぇ。

「脳内の断片を書き出してるだけ」とか「思ったことを素直に書いてるだけ」って言うと一見格好いいように思えますが、何も考えず思いの丈をぶちまけるだけってのは周りも気にせず泣き叫ぶ小さな子供と一緒ですよね。

不用意な発言や行動は、その時見ていた第三者だけに影響を及ぼすかもしれませんが、結果的に自分自身のイメージの形成、ましてや今後の活動に影響を及ぼす可能性もあります。上に吐いた唾は自分に落ちてきます。気をつけたいものです。

なんてね(笑)。

化粧する脳 (集英社新書 486G)(Amazon.co.jp)

#補足しておくとネガティブなものが悪いとかそういう話ではありませんのであしからず。言葉や行動の端々からその人の中身が見えちゃいますよってことです。

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