「いいね!」の文化にひそむ落とし穴、みたいな

ちょっと書いて吐きだしておかないとスッキリしなかったので、最近思っている「いいね!」とかその辺のことについて書いてみました。今回これを書くきっかけになったWSJ(Wall Street Journal)の記事「The Insidious Evils of ‘Like’ Culture」は、Webを使って何かを発信する人とかは、読んで自分に当てはめて考えてみると良いんじゃないかな?と思ったんですよね…。

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元記事がWSJですからちゃんとした日本語訳で出るんじゃないかなと待ってたけどなかなか出ないので、今回ちょっとその記事の内容を文中に織り交ぜながら書いてみたいと思います(なので翻訳記事というわけではないです)。そして、ボクはそんな英語できるわけでもないので、間違った認識をしてる可能性もあることはあらかじめ書いておきますね。


「いいね!」的なものの使われ方っていうのは、「よかったよ!ありがとう」や「単純に好きだから」、知り合いが作ったり書いてるから「とりあえず押してあげる」、後から読むために「メモ代わりに押しておく」、「なんとなく…」「お!いいじゃん!」みたいに、人それぞれとその置かれた状況で意味合いが変わってきます。あ、あとFacebookのファンページみたいなのだと、「そのブランドや企業が好き」でも押しますかね。個々人がもつそれについての認識や用途は、それぞれの価値観なのでどうこういうつもりもありません。

昔話から始めてみましょうか

インターネットが一般に使われ始めた頃、単独で存在しているとなかなか人の目に触れることの無かった文書や情報がハイパーテキスト(システム)によって繋がることで価値が生まれ、世界中に散らばるいろんな情報にアクセスできるようになったのは古くからインターネットに携わってる方には周知の事実でしょう。自分しか持ってない情報を世間に公開することは誰かのためになり、創作物を作っている人たちは自分の創造性を世に問うてみたりといったことができるようになって黎明期のインターネットは発展してきました。

でも、そこに広告を含む商用利用解禁という新しい流れが入ってくると事態はおかしな方向へ。もちろんそれが「悪」だとか言うつもりはなくて、このインターネットの発展の裏ではその存在が多かれ少なかれ役に立ってると思ってます。ただ、どうしてもそういう方向性で利用され始めると、この記事にも書いてあるように人間の欲というか金儲け的なことが中心に据えられていくのは当然の結果なのかな?と(そのおかげでボクも生きてますしね)。

最近では、某Hのチェックインクーポン的な騒動もあったようですが、世の中には多くの人に受け入れられるものとそうでないものがありますからね。 何でも許されるわけではありません。あ、すみません、余談でした(笑)。

「いいね!」的な文化の誕生

その延長線上にある今のインターネットに「いいね!」が登場したのは、皆さんご存知のように比較的最近でFriendFeedやFacebookだったりが始めたことです。それはどんどんと拡がりをみせて、今ではYouTubeもAmazonもそうだし、多くのWebサイトがそれを導入し始めています。そして、今回のGoogleの「+1」と。もちろんそれだけじゃありません。中にはDiggとかStumbleUpon、はてなブックマークのようなソーシャルブックマーク、Twitterのようなソーシャルネットワークサービスもあります。

こういう文化が発展してくると、Webサイトを使って何かを発信している人や企業の中には、「いいね!」の数やブックマーク数、(フォロワー数は影響力を計る指標ではないにも関わらず)フォロワー数やRT数、Fav数といったものを気にし始める層も増えてくるでしょう。ただ、発信する側が「そればっかりを気にしていくと、どんどんおかしな方向になっていくんじゃないかね?」って話です。

「いいね!」みたいなのが流行ってるのはいたしかたないとして、その「いいね!」の数やブックマーク数、フォロワー数の増加だけを求めて何かを行動を起こすってのはどうなんだろう? 何かを作り発信していく立場の人や企業であれば、自分が持っているコンテンツや自分自身に対して自信を持つこととは真逆の方向になっていくんじゃないか?、と。

もちろん、検索ポータルの検索結果の上位にサイトが表示されるためにあれこれするといった仕事や、「いいね!」を押させることが目的となる仕事もあるでしょう。ブックマーク数が増えることで閲覧数が増え、一部のネットワークにおいてはその存在が認められて新しい仕事に繫がることがあるのも十分理解してますのであしからず。悪いと言ってるわけではないですから。

ボタンの数字に騙されないようにしたいものです

今どきのWebサイトにはそれぞれのサービスにおける「いいね!」的なボタンが並んでいることも多いでしょう。その置かれてる位置で結構その人のスタンスがわかるよなぁ、とボクは思っていたりもするんですけどね。記事の冒頭に置かれてる場合と最後に置かれてる場合では、ちょっとこれらの持つ意味合いが違いますよね。

ざっくり書いてしまうと、頭に置いて「ほら、この記事みんながいいね!って言ってるよ」って思わせる作戦なのか、「最後まで読んでから良かったら押してね」って考えてるのか。読んでもらって判断してもらうのなら、わざわざ上に戻ってまで押さないでいいように一番最後に置きますし、特に数字を見せる必要性はない(うちはTwitterだけは上においてるし数字も出してるけど 笑)。

それが頭に置いてある場合は、読む側の人はちゃんと意識した方がいいです。その数字だけ見せられると読む前から惑わされる(みんなが良いって言ってる、とすり込まれる)可能性が少なからずあります。実際の中身はたいしたことなくても、ね。戻ってでも押したくなる、他の誰かにシェアしたくなるようなのだったらそれは良いコンテンツなんでしょう。

「いいね!」がどういう意図で押されてるとかはちょっとおいといて、何かを目にするときはそれが本当に自分にとって良いものなのかどうか、パッと見で騙されないように自分の脳みそを使ってきちんと判断するよう心がけることもまた大事です。世の中頭のきれる人たちも多いですから、気を付けてないとうっかり・・・ってこともあります。

コンテンツを発信するベクトルの向き

この記事にも書いてあるように「何かを発信したい!」という欲求からそれを世に出すということは、「自分の内側から外に向けて」のベクトルになるのが比較的健全な方向性だと思われます。でも、こういう文化が浸透して「いいね!」の数やフォロワー数、ブックマーク数が気になりはじめると、その数を増やそうとするがために「外の反応を気にして自分の内側へ」みたいなベクトルで発信するものを作り始めるってことになりはしませんか?

このような目に見えやすい数値の変化は、自分が公開したコンテンツの価値をその特定の方向から判断することができますし、発信する立場として考えればその数が増えることは単純に嬉しいのもまた事実です。「俺、人気者じゃね?」とか「俺書いてるのすごいっしょ」みたいに、自分の存在価値を認識することだったり自尊心を手っ取り早く充たすことができます。

外の評価を気にし始めるということは、ひょっとしたら自分の居心地のいいシマに存在する人たちに対して「だけ」、うけそうなコンテンツを作り上げることに注力することにもなりかねません。そこ以外でどういう扱いをされているかは、嫌でも見た方が良いですよね(気分良いものではないでしょうが)。ボク自身もうけ狙いはわざとやる時がありますしいくらでもできるんですけど、そういうところにはあまり興味がないのでやってません(つまるところ…w)。

よく耳にする話としては、インディーズで活躍して人気があったミュージシャンが、メジャーと契約して商業的な成功を求められて、本来自分たちがやりたい音楽ではない方向性で売れ筋の曲をやるようになってしまった、とかね。そこにあったアーティストとしての想いはどこいったんだ!っていっても、それがビジネスであれば理想ばっか追い求めても仕方なくて「お金儲けしなければならない」といった切実な問題もありますからね。難しいところではあります。

とはいえ、何かを発信して自分の存在を認めてもらうという仕事の人たちは、本来なら自分が見たもの聞いたもの、それに対して考えたことを他の人に向けて素直にアウトプットする。ニーズがありそうだから自分の考えを書くってのは少なからずあるでしょうけど、人の目ばかりを気にすることはないんですよね。それが多くの人にうけないのであれば、それはやってることがちょっとずれてるか、時代がまだあなたに追い付いてないんです(笑)。

そういう発信側に立つ人たちっていうのは、自分にとって何が重要なことかを考えた方がいいし、決して他の誰かと同じである必要もないでしょう。うけそうなことばかりを考えるのではなくて、自分の中にある煮えたぎる想いを形にして出すこともまた大事なことでは?と。

いいね!もいいけど、中身もね

それはこういうメディアを使って発信する企業だって似たようなことがいえるかも知れません。大前提として売上をあげなければなりませんが、自分とこが作った製品が本当に良いものであれば、おのずとクチコミは拡がるでしょうし評価も高くなるでしょう(それだけじゃなくいろいろな事が作用すると思うんですけど)。

単に「いいね!」的なものが流行ってるからといって過剰なまでにそれを押させようとし向けるってのは、ちょっと方向性としてどうかな?と思うわけです(それがどういう意味で押されてるかまではわかりませんよね?)。いくらものが良くても周知されなければ売上には繫がらないですから、広告をはじめとしたプロモーションが大事なことも十分にわかったうえでの話ですので誤解無きよう(笑)。

ソーシャルメディアが流行っているのはわかります。ただ、その先にあるのは情報を掲載したWebサイトであることも多いことでしょう。それを見た人たちが本心から「役に立った、ファンになるよ」とか「今度からここの製品買うよ」みたいなエンゲージメントができるようにした方が良いですよね。Webサイトは「Content is King」って言われるほどコンテンツが大事といわれています。ソーシャルメディアの次は「Content Strategy」がキーになるんじゃ?ってことは数年前から言われていて、最近では徐々にそういうネタも出始めています。

「いいね!」の数やフォロワー数の増加、ブックマーク数や閲覧数とかばっかり追い求めるといった簡単に自分を満足させることにばかり時間を費やさないで、本来の自分の思ってることに目を向けつつ、発信する内容を充実させることにフォーカスする時期かもしれませんね。本当の意味での固い絆を築きましょう。

とまぁ、なんだか長くなっちゃったんですが、そんなことをこのWSJの記事を読みながら思ったんですよね。あんま乗せられすぎちゃいけませんよ。

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